施設を管理する者は、入所者に対して、利用者の生命、身体、財産を守る義務を負うところ、高齢の場合には身体が弱かったり、或いは認知症により徘徊したりするなどにより健常者とは異なることによるリスクがあるため、施設側においてどの程度までリスクを管理するべきかが問われることになる。
裁判例➀
➀認知症入所者が窓下にあったキャビネットを利用し、二階の窓から身を投げ出し、落下して死亡した事案。
認知症に関する一般的知見に照らせば、認知症患者の介護施設においては、帰宅願望を有し徘徊する利用者の存在を前提とした安全対策が必要とされ、利用者が、2階以上の窓という、通常は出入りに利用されることがない開放部から建物外へ出ようとすることもあり得るものとして、施設の設置又は保存において適切な措置を講ずべきであるとした。
本件窓の下にあったキャビネットは、高さが約80cmで奥行きが約45cmであり、認知症ではあるが運動能力には問題のない利用者であれば容易に上ることができ、上ってしまえば、本件窓に開放制限措置がとられていなければ窓から体を出すことが容易な構造となっているといえる。
施設においては、このような構造の有する危険性を認識し、安全に配慮する趣旨で、本件食堂の窓につき、併せて最大150mm程度しか開放されないように制限しようとしていたが、ストッパーは容易にずらすことができ、ごく短時間で大人が通り抜けられる程度のすき間が開けられることができたのであるから、帰宅願望を有する認知症患者が、帰宅願望に基づき本件ストッパーの設置された窓を無理に開放しようと考えることは予見可能であったのであり、従って施設側に工作物責任が認められるとした。
考察
工作物責任とは、その物が通常有すべき安全性を欠いていた場合にそれにより事故が発生した場合その物或いは施設の所有者、管理者は責任を負うというものであり、本件では介護施設の認知症専門棟の窓としては、認知症患者が家に帰りたい願望をもち、そのために無理に行動するという習慣があることが多いという特性から、窓の開放制限について厳格に考慮し、施設側に責任を認めたものであり、ストッパーをつけていたこと等からすると限界事例に近いものであったのではないだろうか。
従って、施設側としては、全ての窓について、認知症患者が外にでることができないようにしておく必要があることになる。
裁判例②
特別養護老人ホームの95歳の入所者が他の入所者が乗っている車いすを自らのものと誤信し、揺さぶり落として後遺障害を負わせた事案。
本件では、95歳の自力歩行できない入所者が、他の入所者が乗っている車いすを自らのものと誤信し、三度にわたってゆさぶっていたところ、初めの二回については職員がこれに気づいて、当該入所者を自室に返したが、三回目において遂に揺さぶり落とし後遺障害を負わせたところ、確かに独立歩行はできないが、壁をつたう等の方法で歩行は可能であり、現に二回も揺さぶり落とそうとしていたことを認識しており、また、当該入所者の生活態度も相当粗暴であったことを認識していたのであるから、十分に事故を予見し、防ぐことができたとして施設側に責任を認めた。
考察
被介護者同士のトラブル事例であるが、認知症患者や子ども、障害者同士においては、トラブルが起きやすいといえ、トラブルが起きた際に施設側に責任が求められることは少なくない。かかる責任がどこまで認められるかであるが、基本的には具体的な状況でそのトラブルを予見して回避することができたかが問題となるが、本件では実際に職員がトラブルにでくわしていたのであり、二度も当該入所者を自室に戻しているのであるから容易に結果を回避することができたとして責任を認めることができる。
裁判例③
精神分裂病のため都立病院に入院していた殺人前科二犯の者が、会話の中で怒り、同室の精神障害者に頸部を絞められ、口腔深部に多量のティシュペイパーを塊状に挿入されたため、気道閉塞により窒息死した事件。
病院の夜勤時の巡回は三〇分ないし一時間毎に行われており、それが特に問題でないことから明らかなとおり、病院においても巡回が二四時間、間断なく行われている必要はなく、本件事件当日の一五分間のミーティング中に巡回者を置かなかったことをもって被告病院に過失があるとはいえないとした。
また、特段大きな音での口論もなかったため、職員が気づいて止めることはできなかったとした。
考察
上記のように、具体的な事案において注意義務があったかどうかは、予見できたか、予見できたとして結果を防ぐことができたかどうかで決まるところ、本件では定期的に巡回が行われており、起きた事故が極めて突発的であったため、予見することがそもそもできなかったのであるから責任はないものとされた。
この点、殺人歴が二回もあるところ、この殺人が過去に突発的になされたものであった等の場合や、過去に二人が喧嘩をしていたのであるならば、他の精神病患者と同室にするということ自体に管理責任を問われた可能性もある。
従って、施設側としては、ありうるトラブルを全て列挙し、もっている情報、施設、職員、予算を利用して、最大限トラブルを防ぐために努力する必要があるといえる。
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